交響曲第9番〈合唱付き〉


暮れになると、どこからともなく聞こえてくるのが、いわゆる「歓喜の歌」というメロディです。正式にはベートーヴェン作曲「交響曲第9番ニ短調〈合唱付き〉作品125」といういかめしい名前の曲です。
この曲を年末に多く聞くのは日本独特の現象で、ヨーロッパではむしろお正月のコンサートに多い演目であるらしい。日本では、この曲が初めて国内で演奏された時の経緯に関係して、暮れに演奏されることが多くなり、そのため、「歓喜の歌」のメロディが暮れによく聞かれるようになったと言うことです。
さて、このメロディ、実は4楽章のもので、それまでの1〜3楽章には一切出てきません。(4楽章でも始めのうちはなかなか出てこない。)あの大変に有名で、しかも単純にして美しいメロディは、曲が始まってから実に45分くらいたたないと登場しません。あのメロディを聴きたくてコンサートに行って、それが登場する前に就寝、ということも珍しくありません。コンサートはCDで予行演習してからにしましょう。
この交響曲第9番、発表の当時はケタ外れに長く、複雑で、規模が大きい大変にべらぼうな曲だったと思われます。実際に合唱団とオーケストラをきちんとそろえた形で演奏されることはほとんどなかったと言う話も聞いたことがある。つまり、演奏できないくらい大変な曲だったと言うことです。
その後、ワグナーやブルックナーマーラーといった作曲家が、演奏時間でも規模でもそれを遙かに越える作品を作りますが、初めに、しかも超先駆的にそんな曲を書いたベートーヴェンのおかげで、それらの作曲家はそうした作品を書くことができたのです。
曲の内容も、ものすごい物です。人間と芸術の苦悩から出発し、理想とあこがれを描き、ゆっくりと進んでゆきます。時にはハードロックのように激しく奔放に、時にはささやくように慈しむようにオーケストラは歌います。そして、有名な4楽章にいたります。
しかし、なんとベートーヴェンは、この4楽章でこれまでの1、2、3楽章をすべて否定してしまいます。実際にこれまでの楽章の冒頭が短く演奏された後、独唱によって「おお、その歌をやめよ!」ときっぱり否定するという、とんでもない曲です。そして長い時間と過程を経てたどり着くのが、あの「歓喜の歌」なのです。人間と神と自然の調和が歌われます。あの単純なメロディが変奏されてさまざまにスタイルを変え、楽しげに何度も何度も歌われます。オーケストラ、合唱、独唱、そのメロディの輪が広がりやがて最高潮に達して曲は集結します。圧倒的な感動を残して。

暮れでなくても、いつ聴いても良い曲なのですが、ぜひ一度、全部、聴いてみてください。
音楽の授業で聴くベートーヴェンは第5番。名曲中の名曲ですが、教科書的でベートーヴェンのすごさが伝わりにくいんだよね。